チェルノブイリの被害状況 知ると恐ろしくなる (その2) 
                ( 講談社「チェルノブイリの真実」広河隆一著より )

  .
爆発から制圧まで   放射能放出と住民避難
爆発までの経過
 危険な実験をしようとした
爆発した日の状況
 . 消火活動と制圧作業
メルトダウン爆発をしたら
石棺作業の状況
 . 60Km圏で変種の豚・牛多数誕生
大気放出は委員会が指示
各放射性物質の身体への影響
     特集記事のバックナンバー:       掲示板 (チョット関連の話題ありませんか) 


      原発の初歩の初歩の初歩  (No.1) 
      放射能の初歩の初歩の初歩 (No.2)  

      原発事故Q&A 収束工程表 (No.3) 
      原発事故の食への影響    (No.4)  
      チェルノブイリ原発事故程度 (No.5) 


  チェルノブイリ原発の爆発から制圧まで      
■原発爆発までの経過 :   
当時最も安全な原子炉との評・・・ チェルノブイリ市の歴史は古い、ユダヤ教の教堂があったようで、ユダヤ教の参拝者が最近までみえていたようだ ・ チェルノブイリの人口は約15000人、チェルノブイリで働く人たちは隣のプリチャチ市(人口5万人)に住んでいた ・ 事故が起こった当時、チェルノブイリは5号炉、6号炉が建設中であってこれが完成すると世界最大の原発になる予定であった ・ そしてここはスリーマイル島事故の後、最も安全な原子炉と呼ばれていた
危険な実験をしようとした・・・・・・・・ 爆発を起こした前日の4月25日最初の定期検査のため停止することになっていた ・ メーデーを1週間後に控えた日であり、週末の金曜日であった ・ 週末仕事納めの金曜日であったので、キエフ市の各工場はフル稼働していた ・ このような状況で電力が必要になり、定期検査の少々遅らせ、そのときに予定されていた実験も延びた ・ 原発を停止させた際、別にある冷却用の電源装置があるが、これが立ちあがるまでに40秒かかる ・ この魔の40秒への対処についての実験を行おうとしていた ・ 原子力発電の電源をきっても惰性で回るタービンの発電で40秒間発電し、冷却装置を稼働させられるかの実験である
   そして4月25日深夜1時・・・・・ 25日深夜1時4号炉の制御棒が少しづつ下ろされ出力はゆっくりと下げられ始めた ・ 25日の1時5分50%の出力にまで下がった ・ 出力が1/3〜1/4になったところで緊急冷却装置が作動させる予定で進めていた ・ しかしこのとき思いがけない事態が起こった ・ キエフ市の指令所から50万キロワットを維持して電気を供給し続けよとの指令が入った ・ それで緊急冷却装置切られたまま、50%出力のまま運転が続けられた ・ そこで三交替での運転員が実験のことが知らされず交替した   
26日爆発した日の状況・・・・・・・・・ 26日になって新しい運転員は出力のコントロールに失敗した ・ 出力は低下し続け(低出力ではキセノン毒ガスが発生する)危険になり、この状態で実験のことも分り実験を行うことにした ・ 26日1時すぎ計画書どおりに2台の循環ポンプを追加作動させた ・ 出力が一層低下するが自動的に安全装置が働かないようにするため、作業員は安全装置を切った(爆発の16分前) ・ 制御棒も引き抜いた(爆発の4分前) ・ 給水量も上がってきたので、給水も減らし、制御棒を手動で引き抜いた ・ 制御棒は少なすぎ非常に危険な状態になったが、運転員は実験をし続けた ・ 原子炉を緊急停止させる信号も切り離していた ・ 簡単に原子炉がとまらないようにするよう実験計画書にあったからである      
   実験は山場を迎えた・・・・・・・ 26日午前1時23分4秒、タービンへの蒸気流入が止められ、タービンは慣性運転を始めた ・ 出力が落ちていた状態での慣性運転であったので冷却能力は低下していた ・ 冷却水に気泡が発生し、出力増加、よって気泡が増え、出力が上がるという悪循環へと入った(この原子炉の持っていた欠点であった)     
そして午前1時24分に爆発・・・・・・ 1986年4月26日1時23分31秒、出力が急上昇したので作業員は緊急停止ボタンを押した ・ しかし遅かった、出力は定格の100倍に達していた ・ 緊急停止装置を作動させてから20秒後に大爆発が起こった ・ この爆発で上蓋であるコンクリート遮蔽体は跳ね上げられ、圧力管や制御棒は捩じ切れ、屋根も破壊された ・ 10Km離れた土地からも火花の舞い上がるのが見えた ・ 2〜3秒後に2度目の爆発が起こった   
   
■消火活動と制圧作業 :   
消防車4台が駆けつけ初期消火 2回目の爆発の1分後にチェルノブイリ消防署の火災警報が鳴り、周辺地域から4台の消防車が駆け付けた ・ 黒鉛が真っ赤に飛び散り屋根に落下、消防士は溶ける瀝青に足をとられ、多量の放射能を身にさらした ・ キエフ市の消防車は81台にもなった ・ 消防士達は通常の消防服で、放射能防備服ではなかった ・ 消防士達はめまいに襲われ、吐いたりしていた ・ 発電機ホールなど40ヶ所以上で火災発生、午前6時35分原子炉内以外の火災は鎮火した ・  
   42人の消防士が死亡した・・・ 消火活動当初消防士達は28人が入院し、20日後に6人が死亡したが、86年から90年の5年間に7000人もの消防士が活動し、42人が亡くなったという(ソ連政府は犠牲者は31人、うち放射能による死亡者は28人と発表、今でも変えていない)     
   1、2、3号炉は運転続行・・・・ 消火活動の間ずっと、爆発の4号炉に棟続きの3号炉は運転中であった ・ 400m離れた1、2号炉も運転を継続した ・ 緊急活動のため電力が必要であったからとしている      
砂袋投下(制圧)作業翌27日午後 27日午後にヘリコプター砂袋投下で制圧作業が始まった ・ この日93回の飛行で50tが投下された ・ 次の日3日目186回の飛行で数百トンの砂や粘土が投下された ・ 中性子を吸収する炭化ホウ素も投下された ・ 6日間ヘリコプターによる投下作業が続けられ、5000tもの投下が行われた     
メルトダウンの危険性・・・・・・・・・・ 5月はじめになって、メルトダウンの危険性が出てきた ・ 2500度を超えた炉心は溶けだし、下のプールへ溜まりだした ・ メルトダウンで更なる爆発が起これば、ウクライナ、ベラルーシは壊滅するであろうと心配された ・ 鉛を投下させ、鉛を燃やすことで温度を下げるようにした ・ そして原子炉真下の地盤を液体窒素で凍結する作業も行われた ・ このようにして炉心の温度の上昇を5月6日までにとめることができた     
   5月10日に赤い炎は消えた・ 5月9日炉心の火災と止めるため更なる鉛80tの投下がなされた ・ 5月6日放射性核種の放出は下がり、5月10日に赤い炎は消えた   
       
■石棺作業 :   
5000ミリシーベルトでの作業・・・ 事故を起こした原発はどうすればよいのか ・ すっぽりコンクリートで覆うことになった(5月17日に決定した) ・ 7月に最初の壁が組み立てられ、9月にはかなりの高さになったが、難問がでてきた ・ 3号炉の屋根や廃棄塔に爆発時に飛び散った破片が散乱し、800レントゲン(8000ミリシーベルト)を帯びていたのである ・ ロボット使えず、人海戦術でこの破片を石棺のなかへ投げ入れることにした ・ 20Kg以上ある防護服を着て、2分交替での作業を行った     
11月13日巨大石棺が完成・・・・・ 高さ60m、幅70m、30万立方メートル、6000トンの金属を用いた巨大な石棺が完成した ・ 放射能の放出量は一日平均3ミリキューリーにまで下がった ・ (1キューリー=3.7×10の7乗ベクレル)(1ベクレル/Kg=2.2×10のー5乗ミリシーベルト:少々無理のある例えの計算)(依って、3ミリキューリーは2442ミリシーベルト/Kg筆者計算で怪しい) ・ 石棺は枠で出来ており、中へ人が入ることができる ・ 鉛で蓋をする10cm径の穴もあいており(数千ミリシーベルトが出てくる)測定器などを挿入する ・ 石棺の底の部分には危険な溶融物があり毎時8000レントゲン(8万ミリシーベルト)ものものがあるという  
   9月29日1号機運転再開・・・ これより先、86年9月29日1号機が運転、11月9日には2号機が再開した ・ 5号機、6号機の建設は中止された      
               
               
    チェルノブイリ爆発での放射能放出と住民避難    
              
■住民の避難 :           
避難30Km圏だが60Km圏でも・・・ 30km圏から住民13万5000人が避難移動した(6月4日に公示) ・ しかし60Kmも離れたフリスチノフカ村の放射能レベルは毎時0.3ミリレントゲン(毎時3マイクロシーベルト:年間26ミリシーベルト)、この地のゴミ捨て場では1.8ミリレントゲン(18マイクロシーベルト:年間150ミリシーベルト)あった ・ 原発すぐそば3Kmの死の町プリチャチの値と殆どおなじであった ・ プリチャチには人は住んでいないが、フリスチノフカには3年たった今でも人は住んでいる
   変種の牛・豚が生まれた・・・・ この60Km圏の地で、事故後1年で牛・豚に変種が多数見つかった(豚で5割、牛で1割) ・ 頭部、四肢、ろっ骨に欠落が見られた ・ そうなこんなで3年後の89年3月、この地を含む12か村も避難地域になった 
消える町・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ チェルノブイリ原発から70Km離れたナロヂチ地区、生徒が800人いたという学校で、学校が閉鎖され一つの学校が残っている ・ そこに今は350人の生徒がいるが、残った生徒のほとんど全員甲状腺がはれているという ・ 10年経ち、移住させられた市はチェルノブイリ市とプリチャチ市の2つ、それとウクライナでは96の村々です ・ 10年経ってもう一つの市ポリスコエ市の移住も決まりました    
   年金生活者は残った・・・・・・ 10年経ってポリスコエ市の移住をとのことになりましたが、その地では水道工事をしたり、ガスを取り換えたりいろいろと対策をしてきたのにかかわらず、移住となりました ・ 移住が決定し、14000人の住民の12000人は移住した ・ その残り2000人も移住を希望しているが、年金生活者は見捨てられているのだという ・ 家に積み上げられている木材での放射能数値は毎時0.2ミリレントゲン(2マイクロシーベルト)を指していた   
■汚染の状況 :          
爆発で周囲2〜3Kmへ破片が・・・ 深夜1時23分に起こった爆発で、放射性物質を含む思い破片は原発周辺2〜3Kmにわたって飛び散った ・ そして軽いものや蒸発したものは、プリチャチ市などへ流れた ・ 大方は寝静まっていたが、400人ほど働いていた ・ 道路は放射能の破片で真白になっていた
   大気放出は委員会が指示・・ 放射能の雲の流れと放射能を測定管轄していたのは水文気象委員会(日本の気象庁と環境庁が一緒になったような組織)である ・ この委員会は核爆弾の実験監視、国内の原発内部に蓄積した放射性ガスをいつ放出したらいいか、風の方向を知らせる役目もしていた ・ 世界中んにある原発は、内部に溜まるガス状の放射性物質であるヨウ素131やキセノン133、クリプトン85などを絶えず空気中に放出している ・ チェルノブイリ事故時もどさくさまぎれに吐き出させていた ・ 風がある方向に流れているときに放出するよう指導されていた ・ 人口密集地域を避けるようにであった            
放出のキセノンとヨウ素の影響・・・ チェルノブイリ原発事故で大量に放出されたのは、キセノン133、クリプトン85、88だった ・ クリプトン85は半減期が10年で強烈なガンマ線を出すので、被爆すると全身にガンんが出やすくなる ・ 放出されたヨウ素131は半減期は8日であるが、非常に量が多く生態内への濃縮が速いため影響があった ・ 牛、牛乳などを通して生態内、甲状腺へと溜まっていく ・ 若い人ほど早く、乳幼児には大きな被ばくを与えた ・ 妊婦、授乳中の母親を通してもこどもへ影響を与えた     
   セシウムは遺伝的障害を・・・ 次にセシウム137が大きな影響を与えた ・ 半減期が30年と長く、現在も植物汚染の形で人間を被曝し続けている ・ このセシウムは植物では活発に成長しているところや貯蔵組織に集まり、動物では筋肉や卵巣に集まりやすい ・ 大概は体外へ放出するが一部が残り筋肉などに蓄積し、がんになったり、生殖腺に集まって遺伝的障害の原因をつくったりする   
   ストロンチウムは白血病がん・ 次にストロンチウム90も半減期が28年と長い ・ 動物体ではカルシウムを蓄える組織に入り、骨髄被ばくを引き起こし、白血病、骨髄はん、骨のがんなどの原因になる          
   プルトニウムは肺がん・・・・・・ プルトニウム239も発がん性の猛毒物質で、半減期は24100年、ホコリに付着して肺に侵入し肺がんを起こします ・ 250〜300Kmの地域までこの微粒子が飛散していた            
東京・岡山間が汚染された・・・・・・ 放射性物質の放出は事故後1ヶ月半続いた可能性が高い ・ そしてその放出量は5000万キューリー(30億キューリーとの見方もある)だとされている ・ そのうちセシウムが100万キューリー(内蔵量の13%) ・ ヨウ素131が730万キューリー(同20%) ・ ストロンチウム90が22万キューリー(同4%) ・ 放出された放射性物質の70%がベラルーシに、20%がウクライナに、10%がロシアに落ちたと言われている        
汚染地区の分類 :          
(1)無条件住民避難地域・・・・・・・ セシウム137が15キューリー以上で、個人被ばく量は5ミリシーベルト/年以上の地域である ・ 禁止項目は定住すること、経済活動すること、土・動植物・機材の搬出、などが禁止された
(2)暫定住民避難地域・・・・・・・・・ セシウム137が5〜15キューリーの間で、個人被ばく量1ミリシーベルト/年以上の地域 ・ 新しい事業の建設、事業の拡大、自給生産から次第に非汚染食品に切り替えるなどが指示された  
(3)放射線管理区域・・・・・・・・・・・ セシウム137が1〜5キューリーで、個人被ばく量が1ミリシーベルトを越さない地域 ・ 定期健康診断と衛生予防措置が行われた ・ 農作物、水、土壌汚染の監視なども行われた        
     
                
  次回6月末発信のホームページでは、具体的なチェルノブイリの被害状況について見てみます            
              
                
                


   福島原発原子炉は「冷温停止状態」、首相宣言 

   新エネルギーの利用にインフラ整備  

   原発廃炉の経済学、ディスカッションほか 

   原発事故による 海、土壌汚染と健康被害を考える 

   福島原発同時多発事故の原因と影響を考える 

    プルサーマル (核燃料ごみの減少につながるのか?) 

   核廃棄物処理地未定のまま、原発と六ヶ所村建設  

   原発ごみの管理はどのように為されているのか 

   電力エネルギーを考えよう 原子力・太陽光・風力 

   各国の原発事情 脱原発国と原発推進国 

   電力の選択(2) 欧州の原発政策 自然エネルギーへ 
   電力の選択(その1ポスト3・11 癒着政官業 
   チェルノブイリ 驚くなかれその犠牲者数 (その3) 
   チェルノブイリの被害状況 知ると恐ろしくなる (その2) 
   チェルノブイリ原発事故を見ておこう (その1) 
   原発事故の食品への影響 食の安全・安心へ正しい知識を 
   原発事故 Q&A と 事故収束工程表は希望的観測??? 
   ど素人の原発のお勉強 初歩の初歩の初歩